読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

晴耕雨読

おやおや、いらっしゃい

目指せ!日常系アニメの極み

「日常系アニメはつまらない」

 

そう思っていた時期が僕にもありました。

今は昔、僕がAIRKanon 」の区別もつかなかった無知で愚かだった頃の話です。

 

しかし日常系アニメを定期的に視聴しなくては正気を保てなくなった今現在となっては、そんな拙い日々が懐かしくもあります。

 

時々、かつての僕と同じ様に「日常系アニメはつまらない」と言っている人たちを見かけます。

趣味趣向は人それぞれだし、人の好き嫌いに文句を言う筋合いはありませんが、こういった意見を聞くと僭越ながら

 

 

あぁ、まだその段階にいるのだな ( ͡° ͜ʖ ͡° )

 

 

 

 

と、思うのです。

 

 

 

 

以前の僕も友人に薦められた日常系アニメを視聴しながらも「ただキャラがだべってるだじゃん」とか「いいからエロいシーンまだかよ」などと思っていました。

(後者は今でも思っていますが)

 

 

 

 

しかしある日なんとなく深夜に日常系アニメをボーっと眺めていると、自分の中に沸き起こるある変化に気が付きました。

 

そのアニメから僕の中へと流れ込んでくるふんわりとしたあたたかな空気や、ゆったりと、まったりとした時間が僕のいる空間と溶け合い、何か心地のいい浮遊感の様なものを感じたのです。

 

 

あぁ・・そうか。(ㅍ_ㅍ)

 

 

そうだったのか・・。(ㅍ_ㅍ)

 

 

日常系アニメとは「見る」のではなく「眺める」ものだったのだ。

 

 

日常系アニメを見て何か意味の様な物を見出そうとするからいけないのだ。

 

ただ何も考えずにぼんやりと、女の子たちの日常を遠巻きに眺めるだけでよっかたのだ。

 

人生のありとあらゆる事に意味を求め、見出そうとするのは人間の傲慢なのだ。

 

 

 

我々がふっと空を仰ぎ見るとき、遠くの山々に目を向ける時、そこに無粋な理屈など存在しません。

目まぐるしい日常からほんのひと時でも解放され、空と大地に抱かれたいという思いがあるばかりです。

 

 

 日常系アニメを見ることはそれと同じことだったのだと、僕ははっきりと悟りました。

 

 

f:id:amenominakanushi:20160920131116j:plain

 

そうして一つ上の次元へとシフトした僕は嬉々として日常系アニメを見るようになったのです。

 

思えば日常系アニメとは誰もが目まぐるしく日々を生き、息つく暇もない日本だからこそのアニメなのかもしれません。

 

 

日常系アニメはあまり好きじゃないという方も是非肩の力を抜いて、流れる雲を目で追うように、新緑の空気を胸いっぱいに吸い込むように、川のせせらぎに耳を傾けるように、日常系アニメを楽しんでみてはいかがでしょう。

 

 

もしかしたら、新しい次元の扉が開けるかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・多分。ʅ(◔౪◔ ) ʃ

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 バリスタの星」

f:id:amenominakanushi:20160921000420p:plain

 

 

f:id:amenominakanushi:20160921000915p:plain

 

 

f:id:amenominakanushi:20160921000504p:plain

 

 

f:id:amenominakanushi:20160921001315p:plain

サンキューティッピー。